2018年8月22日水曜日

『旧新約全書』の修復について

『引照 舊新約全書』 の修復
 

この本は日本で印刷・製本された古い聖書で、見積りの時に、依頼主にお目にかかって実物を見ながら本にまつわるお話をお聞きした。
この聖書は依頼主のおばあ様の遺品で、亡きお父様から譲り受けられたものだという。おもて見返しの遊び紙には、おばあ様が学ばれていたという横浜の女学校の校長先生の署名があった。卒業の時に生徒それぞれに宛てて署名し贈られたもののようで、依頼主にとっては、この署名がおばあ様を偲ぶ数少ないよすがとのことだった。そのほか、いろいろお話を伺って、私は、この本の最も大切なところは、署名の記されたおもて見返し遊び紙だと思った。そこで、「おもて見返し遊び紙の署名を見るために、普通に表紙を開けられるような本に仕立てる」のを、今回の修復の主眼とすることにした。

上 修復前のタイトルページ
下 修復後のタイトルページ

修復前の状態は、おもて表紙もうら表紙も本文から外れ、元は黒い革だったものが劣化して茶色くなり、クロスの部分もところどころに擦り切れや虫喰いがあった。背表紙にはタイトルの金文字がいくつか残っていたが、うっかり触るとあちこちが本文背から脱落しそうであった。また、背の中央部分には天地方向に亀裂があった。両見返しとも遊び紙がノドから切れて、本文から分離していた。三方が傷み、大きな破れもあった。綴じの支持体はテープ3本を用いていたが、中央部分と両表紙のノドの部分とで切断していた。それに伴って、綴じ糸もゆるみや切断箇所が多数あった。本文紙は、やはり支持体や綴じ糸が切れて分離していた箇所の傷みがひどかった。

作業は、まず背表紙にいくつか残っていた金文字を落とさないように注意しながら背表紙を剝がし、古い背貼りや膠を取り除いた。本文紙の損傷の激しい部分を和紙で補修し、脱落していた折丁も背を和紙で補修した。
          
本文紙の補修                  新規の支持体をつなぎ、最後の折丁を綴じる

また、署名のあるおもて見返し遊び紙は、薄手の和紙で裏打ちした。切れていた綴じの支持体を麻緒を用いてつないで、脱落していた折丁を新しい麻緒の支持体に綴じつけた。本文全体を一つにまとめたのち、和紙で背貼りをし直し、開きを良くするために和紙で作ったホローチューブを本文背に貼った。修理の終わった本文と平表紙を接合し、新しい背革と角革で表装し直した。表装材のクロスについては、その本の経てきた時間を消してしまうことをおそれて、傷みが拡がらないように糊留めするのにとどめた。そして、新しい背革の上に、元の背表紙の金文字部分を貼り戻した。元の背表紙の劣化が激しかったので、文字の部分を残すのが精一杯だったが、少し光沢のある新しい背革は元の金文字に良く馴染んでくれたと思う。

 上 平の出の元革の除去
  下 新規の角革の表紙張り

この聖書が発行されたのは明治37年で、奥付の発行者名は「村岡平吉」となっていた。
署名の年が1912年となっており、依頼主のおばあ様の話とも考え合わせると、NHK連続テレビ小説『花子とアン』の世界とピタリと重なることがわかって、たいへん興味深かった。
(修復・記録 : 安藤喜久代)



記録の公開をご許可いただいたご依頼主に感謝いたします。