2018年12月9日日曜日

工学書の修復


半導体に関する工学書を修復しました。

Power Semiconductor Devices おもて表紙

「ページがばらばらになっている」というメールにてのご一報後、実際の資料を送っていただいたところ、あじろ綴じによる資料のブロック分割と判明しました。英語によるコメントや計算式などの書き込みが随所に見られることから、今後も頻繁に参照される可能性を考え、糸かがりによる、綴じのしっかりした本に仕立て直しました。 
ブロック分割状態

 全折丁を表紙から外し、背についた接着剤を除去しました。元の表紙の中に収めるために、背の厚みを増やしたくないので、背の修復は各折丁の外側のページ部分のみとし、修復後、切り込みの入っていない部分に綴じのための目引穴を開けました。 
 折丁の背修理後


目引後
 最初と最後の折丁には厚手の和紙(暫定的に幅50ミリ)を組み立てし、麻紐の支持体4本を入れた本かがりをしました。 

本かがり
 その後、背固め、丸味出しをし、寒冷紗を貼った上に、元の花布を付け直しました。ホローチューブを貼り、本体と表紙の背を貼り付けたあと、最初と最後の折丁に組み立てた和紙を15ミリくらいに切り、元の見返しの下に貼り込みました。 
貼り込み部分
 持ち上げておいた元見返しを貼り直しました。

今回の修復で留意すべき点は、元の表紙の背幅に収めるため、糸かがりした本体の背幅をできるだけ元の背幅から増やさないことでした。そのため、折丁の修理も外側のみとし、あじろ綴じの切り込みがない部分に、どのように目引穴を開けるかを検討、修理の和紙を貼る前に穴の位置を決め、ゲージを作りました。
表紙の傷みについては、小口の角に表装材の欠損と芯材のほぐれが見られたので糊留めし、工業製本ゆえ代替の紙がないので、薄手和紙を貼り込みました。

資料をご返却後、ご依頼主からは「絶版になったので買い替えるわけにもいかず、困っておりました。きれいにしっかりと修復されていて、また気持ちよく読み返すことができそうです。」というご連絡をいただきました。
 (修復・記録:平まどか)

記録の公開をご快諾いただきましたご依頼主に、感謝いたします。


2018年11月15日木曜日

スコアの修復『DIALOGUES DES CARMELITES』

先日、”DIALOGUES DES CARMERITES (『カルメル会修道女の対話』)”という現代フランス・オペラのヴォーカルスコア(歌の全てのパートとピアノ伴奏の総譜)の修復をしました。
処置前:おもて表紙と背のジョイント破損部

修復前の状態は、おもて‐背‐うらが一体となった印刷表紙が本文から完全に分離し、特におもて側のジョイントが酷く破損していました。表紙の印刷面にも傷みが見られ、特に、天にだけ出ていたチリの部分を含む三方の小口は、白い芯の部分が露出していました。
綴じは、切断箇所はありませんでしたが、全体がぐずぐずにゆるんでいました。本文紙はしっかりしていて良好。黒鉛筆やマーカーの書き込みが多数あり、この楽譜が実際に使われたことを物語っていました。実用的な楽譜なので、見返しや花布は付いていません。

処置前:綴じ糸の緩み

作業は、まず綴じを解体して折丁の背の補修をし、麻緒を支持体にするために新規の綴じ穴を目打ちで確保しました。この楽譜は、使われていたことがありありとわかりながらも、とてもきれいな状態で保たれていました。そのことから、依頼主が大事にしていたのがよくわかったので、できるだけ傷つけずに綴じ直しをしたいと思い、通常ならば麻ひもを支持体として使うところを、目打ちで針穴を開けるだけで済む麻緒にしました。麻糸で綴じ直しをし、和紙で背貼りをし、開きを良くするために和紙で作ったホローチューブを本文背に貼りました。

綴じ直し
おもて表紙のノドの表装材を持ちあげる
新規の背の表装材の表紙貼り

平表紙の三方は裏側から和紙で補強し、綴じ直した本文と接合しました。元の背表紙はボロボロだったので、新規に背の芯紙を用意して本文背に貼り、厚手の和紙をアクリル絵の具で着色して作った新規の背の表装材で、背表紙の表紙貼りをしました。元の背表紙から背タイトルの部分を剝がして、新規の背に貼り戻しました。表紙おもての三方の小口は、これ以上の劣化防止のために、糊留めをしました。

おもて表紙の背と天
綴じの回復した本文

この楽譜は、依頼主のフランス留学時に、先生から直接教えを受けた時に使われたもので、先生及びご自身も、いろいろと書き込みをした忘れがたいものだということでした。また、帰国したのち上演の機会にも恵まれ、好評を博したとのことで、その意味でも思い出深い総譜だそうです。現在出版されている総譜は、この版とは違いもっと味気ないデザインの表紙になっているそうで、依頼主としては、とても気に入っているこの表紙デザインの総譜を、これから先もできるだけ良い状態で手元に置いておきたいと、修復を決意されたとのことでした。
 演奏のため・練習のために使われる楽譜は、いろいろと書き込まれたり、譜めくりのために手垢で汚れたり破れたりするのが当たり前で、この総譜もその例に洩れず、たくさんの書き込みやページの開閉による綴じ糸のゆるみがありました。にもかかわらず、破れなどがほとんどなくて、依頼主が大変注意深く扱っていたことがよくわかりました。そこに、依頼主の思いを感じ、共感しました。今回、このような幸せな楽譜のためにお手伝いができたことを、とてもうれしく思います。
(修復・記録:安藤喜久代

記録の公開をご快諾くださいましたご依頼主に感謝いたします。

2018年11月1日木曜日

昭和初期、90年前の書籍修復

「不謹慎な宝石」と「春琴抄」の修復

昭和初期の、凝った装丁の書籍2冊の修復を行いました。

修復計画:依頼者様(個人蔵)の希望は、できるだけ装丁を変えないようにとの事で、現状維持し、最低限の修理を施すこと。欠損や破れ部分の補修。革、クロスなど素材のメンテナンス。塵などはドライクリーニングで取り除く。合紙の取り替えはしない。 

◆『不謹慎な宝石』
耽奇館主人 昭和4年 国際文献刊行會 192×118×34mm

製本仕様:赤山羊革の背革装で、表紙は木製、木目を生かして中央に黒の押し模様。
背に金箔押しのタイトルと空押し模様。小口は三方に墨流しのようなマーブル付け、花ぎれは多色のテープ。色見返しは水色モアレ紙。






損傷状態:
表紙/背革肩の裏側下半分に破れがあり、過去の修理で糊が入り、ホローバックが開かなくなっていた。同じ場所の色見返しにも破れあり。
中身/色見返しに浮き有り、本文と色見返しに茶色のしみ。綴じは良好。
タイトルページ前のハトロン紙茶変。

主な作業:
ドライクリーニング(刷毛や修復用スポンジで埃や汚れを除去)、表紙は固絞りの布で拭く。糊を取り除き、革の破れを補修。革の保革メンテナンス。本文見返しの破れを補修。






◆「春琴抄」
谷崎潤一郎 昭和8年創現社  190×129×27mm

製本仕様:半黒クロス装角背/表紙に板紙に黒漆を塗ったもの。背と表紙表に金文字でタイトル、見返しは模様和紙で、表紙側は45mm程と短く、漆塗り表紙を見せている。
花ぎれは白テープ、小口白、タトウ入り




損傷状態:背クロスの両側に破れ、クロスは薄いため、全体に弱くなっている。虫損あり。背の下部につぶれあり。
過去の修理で背は中身に糊付けされ、クロスの破れ部分に上から黒和紙が貼ってある。色見返しノド部分に破れあり。本文紙に茶しみあり。綴じは良好。

作業:ドライクリーニング、旧修理の和紙や糊を除去。新規背紙およびクータをつける。
背は外し、裏打ちした黒和紙で背クロスの補修(見返しは外さずに補修)、表紙につなげる。セルロース・アルコール溶液でクロスと見返しの保護。




結果:元の素材を残して、破れや欠損部分を補修するとともに、クリーニング、メンテナンスも施しました。過去の修理で糊付されて開きも悪くなっていたのを直し、将来の保存や使用に耐えられるようになりました。
(修復・記録:近藤理恵)

記録の公開をご快諾くださいました依頼主に感謝いたします。

2018年10月16日火曜日

日経新聞に掲載


10月14日の日経新聞NIKKEI The STYLE に『ルリユール』の特集ページ。
取材を受けた岡本氏と私の作品写真が掲載されています。

2018年8月22日水曜日

『旧新約全書』の修復について

『引照 舊新約全書』 の修復
 

この本は日本で印刷・製本された古い聖書で、見積りの時に、依頼主にお目にかかって実物を見ながら本にまつわるお話をお聞きした。
この聖書は依頼主のおばあ様の遺品で、亡きお父様から譲り受けられたものだという。おもて見返しの遊び紙には、おばあ様が学ばれていたという横浜の女学校の校長先生の署名があった。卒業の時に生徒それぞれに宛てて署名し贈られたもののようで、依頼主にとっては、この署名がおばあ様を偲ぶ数少ないよすがとのことだった。そのほか、いろいろお話を伺って、私は、この本の最も大切なところは、署名の記されたおもて見返し遊び紙だと思った。そこで、「おもて見返し遊び紙の署名を見るために、普通に表紙を開けられるような本に仕立てる」のを、今回の修復の主眼とすることにした。

上 修復前のタイトルページ
下 修復後のタイトルページ

修復前の状態は、おもて表紙もうら表紙も本文から外れ、元は黒い革だったものが劣化して茶色くなり、クロスの部分もところどころに擦り切れや虫喰いがあった。背表紙にはタイトルの金文字がいくつか残っていたが、うっかり触るとあちこちが本文背から脱落しそうであった。また、背の中央部分には天地方向に亀裂があった。両見返しとも遊び紙がノドから切れて、本文から分離していた。三方が傷み、大きな破れもあった。綴じの支持体はテープ3本を用いていたが、中央部分と両表紙のノドの部分とで切断していた。それに伴って、綴じ糸もゆるみや切断箇所が多数あった。本文紙は、やはり支持体や綴じ糸が切れて分離していた箇所の傷みがひどかった。

作業は、まず背表紙にいくつか残っていた金文字を落とさないように注意しながら背表紙を剝がし、古い背貼りや膠を取り除いた。本文紙の損傷の激しい部分を和紙で補修し、脱落していた折丁も背を和紙で補修した。
          
本文紙の補修                  新規の支持体をつなぎ、最後の折丁を綴じる

また、署名のあるおもて見返し遊び紙は、薄手の和紙で裏打ちした。切れていた綴じの支持体を麻緒を用いてつないで、脱落していた折丁を新しい麻緒の支持体に綴じつけた。本文全体を一つにまとめたのち、和紙で背貼りをし直し、開きを良くするために和紙で作ったホローチューブを本文背に貼った。修理の終わった本文と平表紙を接合し、新しい背革と角革で表装し直した。表装材のクロスについては、その本の経てきた時間を消してしまうことをおそれて、傷みが拡がらないように糊留めするのにとどめた。そして、新しい背革の上に、元の背表紙の金文字部分を貼り戻した。元の背表紙の劣化が激しかったので、文字の部分を残すのが精一杯だったが、少し光沢のある新しい背革は元の金文字に良く馴染んでくれたと思う。

 上 平の出の元革の除去
  下 新規の角革の表紙張り

この聖書が発行されたのは明治37年で、奥付の発行者名は「村岡平吉」となっていた。
署名の年が1912年となっており、依頼主のおばあ様の話とも考え合わせると、NHK連続テレビ小説『花子とアン』の世界とピタリと重なることがわかって、たいへん興味深かった。
(修復・記録 : 安藤喜久代)



記録の公開をご許可いただいたご依頼主に感謝いたします。

2018年7月16日月曜日

展示と講演会

工房メンバー(近藤・藤井)が修復を担当した本の展示と講演会のお知らせです。



写真は藤井担当の『逓信事業図解』大正4年刊。中の図版がとてもきれいです。

■特別研究室企画展示
100年後も手に取れる本に~内田嘉吉文庫修復報告 2018~
2018年7月17日(火)~9月30日(日)
2017年度に行った内田嘉吉文庫蔵書の修復記録と修復を終えた本を展示し、長く使い続けるための工夫を凝らした本の修復を紹介します。
大型の折本や唐草文様の布装の写真帖といった特徴的な製本の資料のほか、今回は江戸指物師により修復された外箱も展示し、資料の保存に適した修復について様々な視点から考えます。
会場:日比谷図書文化館4階 特別研究室


関連講座
■古書で紐解く近現代史セミナー第31回
製本と修復 ―「ルリユール」で広がる書物の世界―
2018年9月20日(木)19:00~20:30
講師:岡本幸治
会場:4階スタジオプラス(小ホール)
お申し込み方法:詳細は日比谷図書文化館ウェブをご覧ください。

日比谷図書文化館
100-0012東京都千代田区日比谷公園1-4
TEL 03-3502-3340(代表)
https://www.library.chiyoda.tokyo.jp/hibiya/

2018年7月6日金曜日

本のある場所

工房メンバーによる個展のご案内です。おいしい珈琲とともにぜひご覧ください。



近藤理恵 製本展ー本のある場所ー

2018年7月3日(火)~7月31日(火)
日・月・第3土曜日(21日)休
12:30~18:30 最終日17:00まで

ウィリアム・モリス 珈琲&ギャラリー
150-0002 東京都渋谷区渋谷1-6-4 The Neat青山2F
Tel: 03-5466-3717

2018年3月22日木曜日

MUSUBUサンフランシスコ展


昨年9月にうらわ美術館で開催されたMUSUBU交流展がサンフランシスコで開催されます。
うらわ展を見て新たに制作した作家もいるので、新作も見られます。
期間中サンフランシスコに行かれる機会がございましたらぜひご覧ください。
会場であるAmerican Bookbinders Museumは、製本の道具や機械の展示もあるそうなのでそれらを見るのも楽しみです。


MUSUBU: Book Art Tokyo-California
201847519

Musubu is a Japanese word that means: to tie, to connect, or to
be bound by friendship. The exhibit intends to create binding
ties between San Francisco Bay Area book artists and members of
the Tokyo Bookbinding Club.

American Bookbinders Museum
355 Clementina Street
San Francisco, CA 94103


2018年1月30日火曜日

京都の展覧会「保存と修理の文化史」


講座の前に短時間で観てきたのですが、京都文化博物館ではいろいろな展示がありました。
『保存と修理の文化史』展では古くは12世紀から現代に伝えられた巻子や文書などとともに、それらを残してきた人々の歩みの一旦を見ることができます。
同じ会場の3階では京都の新鋭作家の選抜展、5階ギャラリーでは京都美術文化賞受賞記念展も開かれていました。

保存と修理の文化史
2018年1月5日(金)~3月4日(日)
月曜休館(祝日の場合は開館、翌日休館)
10:00~19:30(入室は19:00まで)
入場料:一般500円
会場:京都文化博物館 2階総合展示室「京の至宝と文化」

京都府新鋭選抜展2018 – Kyoto Art for Tomorrow -  24日まで