2018年11月15日木曜日

スコアの修復『DIALOGUES DES CARMELITES』

先日、”DIALOGUES DES CARMERITES (『カルメル会修道女の対話』)”という現代フランス・オペラのヴォーカルスコア(歌の全てのパートとピアノ伴奏の総譜)の修復をしました。
処置前:おもて表紙と背のジョイント破損部

修復前の状態は、おもて‐背‐うらが一体となった印刷表紙が本文から完全に分離し、特におもて側のジョイントが酷く破損していました。表紙の印刷面にも傷みが見られ、特に、天にだけ出ていたチリの部分を含む三方の小口は、白い芯の部分が露出していました。
綴じは、切断箇所はありませんでしたが、全体がぐずぐずにゆるんでいました。本文紙はしっかりしていて良好。黒鉛筆やマーカーの書き込みが多数あり、この楽譜が実際に使われたことを物語っていました。実用的な楽譜なので、見返しや花布は付いていません。

処置前:綴じ糸の緩み

作業は、まず綴じを解体して折丁の背の補修をし、麻緒を支持体にするために新規の綴じ穴を目打ちで確保しました。この楽譜は、使われていたことがありありとわかりながらも、とてもきれいな状態で保たれていました。そのことから、依頼主が大事にしていたのがよくわかったので、できるだけ傷つけずに綴じ直しをしたいと思い、通常ならば麻ひもを支持体として使うところを、目打ちで針穴を開けるだけで済む麻緒にしました。麻糸で綴じ直しをし、和紙で背貼りをし、開きを良くするために和紙で作ったホローチューブを本文背に貼りました。

綴じ直し
おもて表紙のノドの表装材を持ちあげる
新規の背の表装材の表紙貼り

平表紙の三方は裏側から和紙で補強し、綴じ直した本文と接合しました。元の背表紙はボロボロだったので、新規に背の芯紙を用意して本文背に貼り、厚手の和紙をアクリル絵の具で着色して作った新規の背の表装材で、背表紙の表紙貼りをしました。元の背表紙から背タイトルの部分を剝がして、新規の背に貼り戻しました。表紙おもての三方の小口は、これ以上の劣化防止のために、糊留めをしました。

おもて表紙の背と天
綴じの回復した本文

この楽譜は、依頼主のフランス留学時に、先生から直接教えを受けた時に使われたもので、先生及びご自身も、いろいろと書き込みをした忘れがたいものだということでした。また、帰国したのち上演の機会にも恵まれ、好評を博したとのことで、その意味でも思い出深い総譜だそうです。現在出版されている総譜は、この版とは違いもっと味気ないデザインの表紙になっているそうで、依頼主としては、とても気に入っているこの表紙デザインの総譜を、これから先もできるだけ良い状態で手元に置いておきたいと、修復を決意されたとのことでした。
 演奏のため・練習のために使われる楽譜は、いろいろと書き込まれたり、譜めくりのために手垢で汚れたり破れたりするのが当たり前で、この総譜もその例に洩れず、たくさんの書き込みやページの開閉による綴じ糸のゆるみがありました。にもかかわらず、破れなどがほとんどなくて、依頼主が大変注意深く扱っていたことがよくわかりました。そこに、依頼主の思いを感じ、共感しました。今回、このような幸せな楽譜のためにお手伝いができたことを、とてもうれしく思います。
(修復・記録:安藤喜久代

記録の公開をご快諾くださいましたご依頼主に感謝いたします。

2018年11月1日木曜日

昭和初期、90年前の書籍修復

「不謹慎な宝石」と「春琴抄」の修復

昭和初期の、凝った装丁の書籍2冊の修復を行いました。

修復計画:依頼者様(個人蔵)の希望は、できるだけ装丁を変えないようにとの事で、現状維持し、最低限の修理を施すこと。欠損や破れ部分の補修。革、クロスなど素材のメンテナンス。塵などはドライクリーニングで取り除く。合紙の取り替えはしない。 

◆『不謹慎な宝石』
耽奇館主人 昭和4年 国際文献刊行會 192×118×34mm

製本仕様:赤山羊革の背革装で、表紙は木製、木目を生かして中央に黒の押し模様。
背に金箔押しのタイトルと空押し模様。小口は三方に墨流しのようなマーブル付け、花ぎれは多色のテープ。色見返しは水色モアレ紙。






損傷状態:
表紙/背革肩の裏側下半分に破れがあり、過去の修理で糊が入り、ホローバックが開かなくなっていた。同じ場所の色見返しにも破れあり。
中身/色見返しに浮き有り、本文と色見返しに茶色のしみ。綴じは良好。
タイトルページ前のハトロン紙茶変。

主な作業:
ドライクリーニング(刷毛や修復用スポンジで埃や汚れを除去)、表紙は固絞りの布で拭く。糊を取り除き、革の破れを補修。革の保革メンテナンス。本文見返しの破れを補修。






◆「春琴抄」
谷崎潤一郎 昭和8年創現社  190×129×27mm

製本仕様:半黒クロス装角背/表紙に板紙に黒漆を塗ったもの。背と表紙表に金文字でタイトル、見返しは模様和紙で、表紙側は45mm程と短く、漆塗り表紙を見せている。
花ぎれは白テープ、小口白、タトウ入り




損傷状態:背クロスの両側に破れ、クロスは薄いため、全体に弱くなっている。虫損あり。背の下部につぶれあり。
過去の修理で背は中身に糊付けされ、クロスの破れ部分に上から黒和紙が貼ってある。色見返しノド部分に破れあり。本文紙に茶しみあり。綴じは良好。

作業:ドライクリーニング、旧修理の和紙や糊を除去。新規背紙およびクータをつける。
背は外し、裏打ちした黒和紙で背クロスの補修(見返しは外さずに補修)、表紙につなげる。セルロース・アルコール溶液でクロスと見返しの保護。




結果:元の素材を残して、破れや欠損部分を補修するとともに、クリーニング、メンテナンスも施しました。過去の修理で糊付されて開きも悪くなっていたのを直し、将来の保存や使用に耐えられるようになりました。
(修復・記録:近藤理恵)

記録の公開をご快諾くださいました依頼主に感謝いたします。