2022年9月19日月曜日

『茶釜の歴史』 と 『武藤山治 身の上話』

『茶釜の歴史』 と 『武藤山治 身の上話』 の 修復

 二冊の本を、改装のために預かりました。

茶釜の歴史_おもて表紙と背
武藤山治_おもて表紙と背

 一冊は出版社や出版年が不明の、茶道の茶釜の歴史を扱った古い本で、もう一冊は1934年出版の、戦前の政治家の自伝でした。この本は元の背表紙が無くなってしまったらしく、背から平の出にかけて、違う紙が貼られていました。二冊とも紙のくるみ表紙で、ステープルで2箇所平綴じされていました。

 依頼主の方からの要望は、二冊とも、あとから送られてきた数種類の唐紙のどれかで表紙を作ってほしいとのことでした。どの模様をどの本に使うか などの指定はなしで、依頼主の方には、どのような組み合わせでもこだわりは無しとのことでした。それなので、どちらの本も、平表紙の表装材に唐紙を使い、素材の足りない背表紙の部分には綿ブロードを着色して使うことを提案して、了承していただきました。背タイトルは、元の表紙やタイトルページなどからコピーを取って、そのコピー紙を新たな背表紙の表装材と同じ色に着色して、最後に背表紙に貼り込むことにしました。

 二冊とも元々同じような製本形態でしたが、改装も二冊を同じスタイルで作ることにしたため、前後してほとんど同じ作業をすることになりました。

 

武藤山治_平綴じのステープルを外す

まず、元の表紙を解体して、ステープルを外しました。本文背の膠を取り、折丁も解体しました。ステープルは錆びていて、本文紙にも錆が侵食していたので、両表紙に近い数ページ分は、ステープルを取り除いた後の穴を和紙で補修しました。また、折丁の背や本文紙の折れや破れの補修もしました。

 本文を保護するための、ギャルドブランシュと呼ばれる折丁を用意して、本文と一緒に目引きをし、麻ひもを支持体にして麻糸で綴じ直しをしました。元は平綴じでしたが、この改装では中綴じにしました。

茶釜の歴史_目引き
茶釜の歴史_綴じ直し

 綴じ直しの後は、生麩糊で背固めし、ハンマーで叩いて本文背の丸み出しをしました。和紙で新たな背貼りをし、開きを良くするためのホローチューブを和紙で作り、本文背に接着しました。

茶釜の歴史_本文背にホローチューブを接着

 解体や補修の作業と並行して、平表紙用の唐紙や芯紙も、本の内容や厚みにできるだけ合うようなものを選んでいきました。茶釜の歴史の本は松の木のような模様の唐紙にし、本文が少し薄いので平表紙の芯紙も薄手のものにしました。政治家の自伝は、苦労がありながらも華のある人生を送った人と思い、菊や萩の模様のある唐紙を選び、普通の厚さの芯紙にしました。平表紙の模様が決まったので、それぞれの模様に合わせた色合いを考えて、新規の背表紙用の綿ブロードと背タイトル用に取ったコピー紙を、アクリル絵の具で着色しました。

平表紙の芯紙が決まったので、それぞれ三方の小口とノドの部分をやすりがけして整えました。ここで、茶釜の歴史の本の芯紙には、両面に白い紙を貼りました。この芯紙の色が薄いグレーで、そのままでは唐紙の本来の色味がうまく出ないと思ったからです。政治家の自伝の芯紙は元々白いので、そのままです。

茶釜の歴史_平表紙芯紙の三方小口の面取り

 今回の二冊は、背表紙と平表紙の素材が違うので、表紙の作り方がいつもとは少し違い、表紙張りと表紙付けを二段階で交互に行いました。まず、着色した背の表装材は和紙で裏打ちし、その中央に背の芯紙を貼って先に背表紙だけ作り、それを本文背に接着しました。次に、平表紙の芯紙に唐紙を貼り込みました。ノドと前小口を折り返して貼ったら、天地の折返しは貼らないままの状態で、先に本文に接着した背表紙の両側のハネの部分に、平表紙を接合しました。これで、本文と背表紙・平表紙が一体となって、本の形ができました。最後に平表紙の天地の折返しを貼って、表紙張りと表紙付けが終了しました。

茶釜の歴史_背表紙の表紙貼り
茶釜の歴史_背表紙を本文背に接着
武藤山治_平表紙の表紙貼り

 本の形ができたので、表紙を開いて、背表紙と平表紙の接合部を補強するように、いくつかの部分を表紙うらに貼っていきました。

 表紙うらがきれいに整ったところで、ギャルドブランシュの2枚めに当たる紙を見返し効き紙として、表紙うらに貼り込みました。効き紙全体をヘラでまんべんなくよくこすり、表紙を開けたまま乾かしました。

武藤山治_本文と平表紙の接合

背の表装材と同色に着色しておいた背タイトル用のコピーから、書名や著者名を短冊状に切り抜いて、それらの裏側の四方の端をメスで斜めに削ぎました。最後に、それらを背表紙の所定の位置に置いて、その形をヘラの先でなぞり、その輪郭線の中に貼り込んで完成させました。

茶釜の歴史_処置後・表紙全体
武藤山治_処置後・表紙全体

修復・記録 : 安藤喜久代

2022年8月15日月曜日

中型の聖書の修復

中型の大きさ(縦240ミリ、横幅180ミリ、厚み50ミリ)の聖書を修復した。表装材のノドの部分に破れがあり、角などはこすれて傷みがあった。また、本文ページの一部にしわ折れ、欠損が見受けられた。ご依頼主のご希望は、表装材を革に替え、背タイトルだけでなく、金箔による装飾を付けるというもの。装飾をどのようにするかについては、革装への変更が終わった段階で考えることとし、作業に着手した。


修復前の表装材の様子


本文ページのしわ折れ

背の変形があるものの、綴じは全体としてしっかりしているので、綴じ直しはせずに、外れてしまっている前後の折丁のみ本体に綴じ付けるつもりだった。表装材をはずし、背貼り紙や寒冷紗を除去した上で、にかわによる背固めをして、丸み出しをし直せばよいと当初は考えていたが、背に付いている接着剤が強力で背貼り紙除去が困難なことから、むしろ解体して綴じ直す方が技術的にも時間的にも容易と判断し、作業工程を変更した。

本体をばらした後、外れていた前後の折丁のしわ伸ばしや欠損部分の和紙の補いなどをして、一連の綴じの工程を行った。背固め、丸み出しののち、補強の寒冷紗貼り、新たな栞ひも2本と革による花ぎれを装着した。背表紙部分の芯材に、背バンド用の幅のせまい革を貼った。革漉きによる厚み調整をした革で表紙貼りをして、見返しを内側に糊付けし、製本作業を終えた。


しわ折れの直し


欠損部分の補修


表紙貼りの準備 背バンドの土台


装飾は華美にしない方が聖書にふさわしいということになり、「聖書」と金箔押しした背バンド間のみ金線を入れた。
中性紙による保護ジャケットと本の重さを支えるための土台付保存箱を作成した。


修復・箔押し後


 聖書や辞書のようなページ数が多い書籍に使われる薄い紙(インディアン紙)が、今回も用いられており、かつ大き目の判型で重量もあったことから、再製本作業が予想以上に手間取りましたが、ご依頼主からは「素晴らしい出来栄えに感嘆しております」というお言葉をいただくことができました。 記録の公開をご快諾いただきましたご依頼主に、感謝いたします。


修復、製本: 平まどか  タイトル押し、金線装飾: 近藤理恵


2022年7月29日金曜日

グランヴィル本の修復

汚されて乱暴に製本された『美しい本』の修復

修復前の状態と修復作業



グランヴィルによる手彩色の版画で人気のある本。第1巻の版画が1点欠損しており、第2巻の版画が1点混入していた。第2巻でも版画が1点欠損していた。第2巻は汚れがひどく、ページの順番をほとんどでたらめに並べて綴じてあった。どちらにもビニール系の接着剤が使われていて、ページをバラバラにして和紙で修理をしてから元の折丁のかたちと順番に戻して綴じ直した。

本文ページの洗浄

ページと版画の修理をしてから綴じ直し、新たに表紙を作って再製本することにした。彩色のない本文ページを水に漬けて汚れを軽減化した。手彩色の版画は水溶性のため、ホコリ除去などのドライ・クリーニングに作業が限定された、汚れの多い部分には薄い和紙を上から貼って少しでも汚れ目立たなくした。第1巻、第2巻とも汚れとビニール糊による破損部が多く、和紙で修理をして元のかたちに戻して、糸で綴じ合わせた。

再製本は背に山羊革を使い、表紙には製本用の擬革クロスを用いた「くるみ製本」にした。本の開きを良くするために、背の丸み加工だけをしてバッキングは行わなかった。見返しにはマーブル紙を用い、背にタイトルを金箔押しした。1巻と2巻の表紙には、欠損していた版画のスキャンプリントを貼った。



開きの良い本


Les Fleurs Animées  『花の幻想』全2巻 
J. J. GRANDVILLE (グランヴィル)
Garnier Frères. PARIS/1867年(新版)
製本仕様:綴じつけ製本 半革角革装 275×194mm


修復・記録・金箔押し:岡本幸治

2022年7月15日金曜日

内田嘉吉文庫修復報告2022




工房メンバーが修復に携わった本が展示されます。

特別研究室企画展示
100年後も手に取れる本に〜内田嘉吉文庫修復報告2022〜

2022年7月19日(火)-9月30日(金)
平日1000-20:00 土10:00−18:00、日祝10:00−16:00
2021年度、日比谷図書文化館特別研究室は内田嘉吉文庫を中心に22点の所蔵資料の修復を行いました。
破損が進んでいた19世紀の大型地図書や戦前期の旅行案内、折本の写真集など様々な種類の資料が安心して手に取れるよう修復されました。ステープラー(針金)綴じの本を糸綴じに直す、紙装の本をクロス装に改装するなど、長く使い続けられるよう創意工夫を凝らした修復過程の記録を公開し、修復された資料を展示します。

日比谷図書文化館 4階 特別研究室
東京都千代田区日比谷公園1-4


『太平洋問題』井上準之助編

写真は、藤井が担当したソフトカバーで表紙が外れていた本を
同じタイトルの『太平洋問題』の装丁に合わせて仕上げた本です。
同タイトルの本もジョイント部分が外れかけていたので補修しました。
どうぞ会場でご覧ください。

『太平洋問題』新渡部稲造編


2022年4月26日火曜日

『吾輩ハ猫デアル』の製本と修復

橋口五葉の装幀『吾輩ハ猫デアル・中編』の修復と改装をしました。
ご依頼の古書はどちらも8刷で同じ版ですが、本文も表紙の印刷も仕上がりが少し違いました。



表紙の綺麗な方は背表紙が欠けていて、アンカットを開いた前小口も断裁してあります。
表紙の痛み具合がひどい中編を改装することにして、もう一冊の欠落部分に移植することにしました。

表紙の損傷がある中編

改装する本をクリーニングしながら解体し、折丁に戻します。
折丁の背に残った膠部分を掃除して、背に薄口の楮和紙を貼って補強します。

折丁の背に綴じ穴は5つ、麻紐があったのは2箇所でした。

本文の破れ、折れなどを和紙で補修し、中性紙のギャルドブランシュにマーブル紙の見返しを貼ります。
本文紙の元の穴を活かして、支持体3本を使って細い麻糸で綴じました。

背固め後、麻紐は3本

背固め後、和紙、寒冷紗を貼り、花ぎれを編みました。
元の綴じ穴の位置が、天地から離れていたため、抜き綴じをすると、綴じ糸が中央部分にしかかからない折丁も出てきます。そのため、天地の綴じの補強にもなればと、あえて編み花ぎれにしてみました。

2色の絹糸で2段編み

表紙ボードからタイトル部分を切り出し、背表紙は和紙で裏打ちをしておきます。

くるみ製本の表紙を中性紙のボードで作り、タイトルを埋め込む部分に窪みをつけて麻クロスを貼ります。
本文と表紙を接続し、見返しを貼り、タイトルを付けて仕上げます。


* * * * *


もう一冊の『吾輩ハ猫デアル 中編』は、前小口のアンカット部分を表紙と一緒に切ったためか、斜めに切れて本文に歪みが出ています。

ドライクリーニングをして本文の糸を外して折丁に解体。見返し紙のノド部分を持ち上げて、麻紐の支持体2箇所を外します。


この本には、もう一冊にはあった真ん中の穴はありませんでした。
同じ製本所でも製本者によって違うのだな、と思いながら作業を進めました。

本文の前小口を中心に、破れ、折れなどを染めた楮和紙と典具帖で補修し、折丁を一晩プレスしてから、前小口側を少しカットして整えました。


天地にかがり穴を二箇所追加して開け、2本の麻紐の支持体を使って細い麻糸で抜き綴じ、
背固め、和紙、クータを貼り、本文を整えます。


背タイトルと、別本からのイラスト部分を加えて背表紙を作成し、表紙を再生します。
表紙と本体を接続して、見返し紙を貼りもどし、表紙などを和紙で補い修復しました。



『吾輩ハ猫デアル 中編』夏目漱石著

発行:明治41年2月15日8刷(1908年)/大倉書店、服部書店/印刷:秀英舎
製本仕様:紙装、くるみ表紙、天金、アンカット H224×153×D23mm(写真左)
製本仕様:布装、くるみ製本、天金、アンカット H230×163×D23mm(写真右)

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装幀の歴史にも必ず登場する『吾輩ハ猫デアル』。100年あまりを経てきたこの本たちが、さらに未来に残ればと願います。

記録の公開をご快諾いただきました依頼主に感謝申し上げます。


修復、製本:藤井敬子


2022年3月29日火曜日

新約聖書の修復と再製本

新約聖書の修復と再製本

昭和二十七年発行の新約聖書の修復と再製本を行った。クロス装の表装材が傷んでおり、ノドの部分は糸がほつれ破損していた。本文はブロック状に分離している箇所、また綴じ糸が切れている箇所がいくつかあり、セロハンテープで補修したページも見られた。本文紙の修復をしたのち、綴じなおして再製本をすることになった。

修復前 表紙    

本文ノド分離 

表紙をはずし、中身の折丁をばらしたのち、セロハンテープの除去、破れた箇所を和紙で修復した。地図が印刷されている見返し紙を前後とも表紙からはずし、最初と最後の折丁に組み立てた後、麻ひもの支持体を用いて本かがりで綴じなおした。背固め、寒冷紗貼り等、背の補強を施した。表装材と同じ黒の山羊革の花ぎれを貼り付けた。

旧セロハンテープ修理 

セロハンテープ除去修理

表装材はご依頼主と相談し、黒の山羊革を使用した。表紙の芯紙を用意、革漉きした革を表紙に貼り付けた。表紙を本体に貼り付け、背に「新約聖書」のタイトルを金箔押しした。中性紙による保護ジャケット、保存箱を作成した。

修復後本文     

修復・箔押し後 

ご依頼主からは、ぼろぼろになっていたものがきれいになったこと、これからも永く読み継いでいきたいとのお礼のお言葉をいただきました。記録の公開をご快諾いただきましたご依頼主に感謝いたします。

修復、箔押し:平まどか