2021年12月27日月曜日

アルバムの修復

1924年発行のアルバムの修復をした。依頼主ご自身が修復家で、元々のご依頼主から修復依頼があったとのこと。本文写真が印刷された本文紙の修復をされた上で、表紙の布装の傷みを直し、製本し直してほしいというご依頼が本の修復工房にあった。

修復前 表紙
修復前 表装材欠損の様子

表紙で修復すべき箇所は、角を含む表紙布の欠損部分、蝶番の布の浮き、内側の蝶番部分の補強等であった。まず、欠損部分を埋める布と和紙を検討、何種類かの白生地と厚手の和紙をアクリル絵の具で染色してみた。元の色と風合いを合わせるのに苦労したが、最終的に布と和紙を、近い色合いに染めることができた。
欠損箇所の修復後、蝶番部分の布の浮きを直すため、表紙内側から糊入れをした。その上で、裏側の蝶番部分には表紙と同じ色合いに染めた厚手の和紙を補強として貼りこんだ。紐を通すハトメは一部錆がでていたので、すべて新しいものに交換した。

欠損箇所の修復後
蝶番部分の浮きを直す作業

ここまでの時点で、表紙を修復家のご依頼主に一旦戻し、確認していただいた後、本体と共に再びお預りした。本体を糸かがりするだけでは強度が保てないので、本文紙(間紙を含む)の綴じ部分をすべて糊で仮止めした後、平綴じした。本体と表紙に通す紐はオリジナル刺繍糸の色褪せしていない部分で確認し、ベージュの刺繍用糸を14本取りにして結び綴じした。

本体の仮止め作業台
刺繍糸の色確認

中性紙で作った畳紙で包み、同じく中性ボードで保存箱を作成した。

修復後画像

ご依頼主が紙資料修復の専門家であることから、技術的なことがらや修復に対する理念などについて意見交換ができ、有意義な仕事となりました。
記録の公開をご快諾いただきましたご依頼主に感謝いたします。

修復: 平まどか

2021年11月2日火曜日

『鶉籠』の修復

114年前に刊行された夏目漱石著『鶉籠』は橋口五葉の装幀。
淡い裏柳色に花紋様と描き文字が空押しされた紙装です。



ご依頼の本の状態は、本文紙はシミが多く、綴じの緩みもあります。
表紙も擦れや汚れなどがあり、背表紙の中央部分に縦割れの亀裂が入っています。
できるだけ元の装幀のままで修復する方針ではじめました。

作業は、本文に湿気臭さがあったので、晴天の日に曝涼を試みてからクリーニングをしました。見返しのノド側をはずして、本文と分離し、背の膠をできるだけとってから、折丁に分解しました。


この本も抜き綴じで、綴じ穴の切れ目が深く、ノド側で本文紙が折れたりしています。
背の掃除をしてから、和紙で各折丁を補修します。


染め典具帖和紙で綴じ穴を埋める


綴じ穴が大きく開いているので、各折の内側の一枚の綴じ穴と、折りクセがついている箇所を和紙で補修をいたしました。

補修を終えた本文に、元の綴じ穴を活かして3本の麻紐を渡し、細い麻糸150番で本かがりで綴じました。背に和紙を貼り、和紙のクータをつけて本文を整えます。


見返しを取り替えず、綴じなかったので、麻紐は寒冷紗につけた

表紙裏の部分を和紙で、天と地の折り返しの部分は内側に和紙と芯を入れて補修。
表紙の角や窪みを染めた和紙で補修し、最後に和紙部分にアクリルメディウムを塗布しています。




角の擦れや窪みを和紙で補修

本体と、表紙を接続して、見返しを貼り戻して仕上げました。
布装のシェルケースを作成、背文字をフロッタージュして作成した原稿を、デジタル加工してタイトルとしました。

『鶉籠』夏目漱石著
明治40年(1907年)/春陽堂
 H227×152×D41mm 
装幀:橋口五葉 


古書を解体すると、先人の手作業の痕跡をたくさん見るのですが、参考になることも、疑問に思うこともあり、綴じ穴の切れ目の深さもその一つでした。

数多く発行された中の一点ですが、この本は依頼主のご希望で修復したことによって、新たな来歴を持つことになりました。修復がこの本の寿命を少しでも延ばすことになっていれば良いなと願っています。

記録の公開をご快諾いただきましたご依頼主に感謝申し上げます。


修復・記録:藤井敬子

2021年10月25日月曜日

『THE HERBALL OR GENERALL Historie of Plantes』 の修復

1636年に出版された植物画の本の修復をしました。

処置前:おもて表紙と背

 この本の現在の装丁はオリジナルのものではなく、再製本されたものでした。明るい茶色のモロッコ革の総革装で、疑似背バンド付きです。一見すると、背表紙に金文字でタイトルが押されているだけですが、表紙うらの三方のチリに金の箔押し模様があったり、背表紙の天地のコワフに金線の箔押しがあったりと、細かいところに手のかかった、美しく仕上げられた本でした。

処置前:おもて見返し 

                         
                                                  処置前:本文紙前小口のインク染み


処置前:地の花ぎれ

修復前の状態はというと、背表紙とうら表紙は本文と接続していましたが、おもて表紙だけノドから切れて、外れていました。表紙全体にインクをこぼしたような染みが飛んでおり、カドや小口には小さな擦り切れやひっかき傷がいくつかありましたが、それらはほとんど気にする必要はありませんでした。

 白い見返しは、再製本時に新たにつけられたもので、表側も裏側もノドが切れていました。遊び紙の前小口は本文より少し長かったので、折れや破れがそのあたりに集中していました。本文紙は、最初と最後の数枚には小口に傷みがあり、補修が必要と思われました。それ以外では、後ろの方の数十ページの前小口に、インクをこぼしたような黒い染みが付いていました。

 綴じは、麻紐5本を支持体とした本綴じで、おもて表紙のノド以外では切断箇所は見当たりませんでした。その他には、えんじ色と黄色と白の糸で編まれた丈の高い花ぎれが、天地ともにきれいに残って付いていました。

タイトルページの補修

 作業は、まず、両見返しの遊び紙と本文紙数枚の小口の補修から始めました。インク染みの部分については、初めはページの片面に和紙を貼って補強することを考えましたが、インクの成分など不明なことも多く、幸い、文字にはかかっていなかったために、このままでも今までのような利用は可能と考えました。それなので、大半のページには手を触れず、明らかに大きめの破れがあったところだけ補修することにしました。

本文背から背表紙をはがす

 次に、背表紙を本文背から剥がして、うら表紙からも切り離しました。本文背があらわになったところで、本文背の膠と古い背貼りを除去しました。

うら表紙の支持体の繋ぎ

 それから、編み花ぎれが外れてしまわないように和紙を貼って固定し、切れていた支持体に新規の麻紐を繋ぎ直しました。 和紙でまとめの背貼りをし、自分で裏打ちをした麻ダックをヒンジの背貼りとして貼りました。

本文と表紙の接合

 この本はとても丁寧に作られていて、表紙うらがノドまできれいにフラットになっていました。作業するために触っているうちに、本文と表紙の接合のためにそこを持ち上げたり、新たに何かを貼り付けたりするのが忍びなくなってしまいました。それで、表紙のノドの厚み部分を割り裂いて、そこへ支持体とヒンジの背貼りのハネを押し込んで、本文と表紙を接合しました。

背革の表紙貼り

 その後、本の開きを良くするためのホローチューブを和紙で作って本文背に貼り、さらに背の芯紙を貼りました。

見返しノドの化粧貼り

 この本の表装材はシボのある革でしたが、同じような色や風合いの革が調達できず、手持ちのシボのない修復用の革で代用することにして、その新しい背革で表装し直しました。それから、元の背表紙の裏側の古い芯紙を削り落として薄く整え、新しい背革の上に貼り戻しました。今回は、天地のコワフ部分にも金線の箔押しがあったので、そこも、元革の裏を薄く整えて新しいコワフの上に貼り戻しました。そして最後に、表紙全体に保革油を薄く延ばして磨きました。

貼り戻されたコワフ

処置後:表紙全体

John Gerarde著  
Adam Islip Joice Horton and Richard Whitakers
London,1636年/350×244×100mm

修復・記録:安藤喜久代


記録の公開をご承諾いただきましたご依頼主に感謝いたします。


2021年9月4日土曜日

『虞美人艸』の修復

夏目漱石著『虞美人艸』の修復記録です。

113年前、明治41年に刊行された『虞美人艸』、橋口五葉装幀の表紙は石版、木版の紙装。
時を経て、背や小口、接続部分などが擦れてモチーフの花も掠れているところがあります。
本文の綴じに緩み、折れたり、破れがあるページもあり、表紙との接続が外れかけています。後ろ見返しは署名を隠すためか、遊び紙を貼り合わせてありました。
帙は、折り目部分の外側がほぼ切れている状態で、内側の和紙で繋がっている状態でした。




作業は、ドライクリーニング後、見返し紙を外して、本文と表紙に分けて作業をしました。
背の寒冷紗などを除去、綴じ糸を外して折丁に分解。本文は2本の麻紐が通り、4つの穴の間を抜き綴じで綴じられていて、折丁の片方の端にしか糸が通っていない部分もあり、そのために長年の間に綴じが緩んできたのだと思われます。ひどく傷んでいるページもありましたが、飛び出ているのは、折丁を構成する際に、貼り込んだページの位置が少しずれてるためでした。

後ろ見返しが貼り込まれている
本文の修理を終えて折丁に揃える
元のかがりで使われていなかった真ん中の穴にも支持体を入れる

折丁の破れなどを和紙で補修し、新たな見返し紙に半葉の紙を加えて折丁を整え、元の穴を活かして3本の支持体を通し、細い麻糸で本かがりで綴じました。
背固めをして
和紙を貼り、寒冷紗、クータを付けて、本体を整えます。


染めた和紙を表紙の下に入れ、上から極薄の染め典具帖で補修

表紙の背の内側に残っている膠を除去し、楮和紙で補強、欠損部分は色和紙で補修しました。
表紙の擦れて薄くなっている部分などは補彩ではなく、手染めした楮和紙や染め典具帖和紙で補修しています。
本文と表紙の背を接続し、半葉の紙で段差を埋めてから見返し用紙を貼り、仕上げました。

クータにより表紙と本体の間に空間ができて開きやすくなる

帙の内側の和紙とクロスを外し、ジョイント部分を楮和紙で補強、表側の切れている接続部を色和紙と染め典具帖和紙で補修しました。



擦れている部分に水彩絵具で補彩し、縁にも染め典具帖和紙を貼り、和紙部分にアクリルメディウムを塗布して補強しました。


中性紙ボードで簡易四方帙を作成

『虞美人艸』
夏目漱石著
発行:明治41年1月1日(1908年)/春陽堂
菊版 H226×154×D46mm/帙 H225×159×D51mm
紙装、くるみ製本、天色染め
 


毎回、緊張する修復作業ですが、装幀の美しい本に携われるのは愉しい時間でした。仕上がりにもご満足いただきほっとしています。
記録の公開をご快諾いただきましたご依頼主に感謝申し上げます。

修復・記録:藤井敬子