先日、100年以上前にアメリカで出版された英英辞書の修復をしました。
依頼主の方は、ご自身のお父様の遺品としてお孫さんにこの辞書を贈りたいとのことで、傷んではいるが、できるだけ革の背表紙を生かしてほしいとのご希望でした。
辞書は半革角革装で、天地の寸法はA4判をひと回り大きくしたくらいでしたが、厚みが14㎝ほどで重さが尋常ではなく、依頼主の方からのメールでは、7㎏とのことでした。
おもて表紙・うら表紙ともに、革の表面や中央部のクロスに傷や擦り切れ・ほつれなどがあちこちに見られました。背表紙は、うら表紙とは繋がっていましたが、おもて表紙からは完全に切れて外れていて、赤い起毛革の背貼りが見えている状態でした。ただ、天地の端が少し欠けているものの、ほぼきれいに残っていたので、丁寧に処置をすれば、新規の背革の上にきれいに貼り戻せるのではないかと、期待しました。
えんじ系のマーブル紙の見返しもえんじ色のクロスのノド布も、あまりひどい傷みはありませんでした。本文紙には小口の折れや破れなどの多い部分があり、ページが外れてクシャクシャになったまま、別の場所に挟み込まれているものなどもありました。
綴じは、幅1.2㎝のテープ3本を支持体とした本綴じで、切断箇所は見当たりませんでしたが、自重のせいか、全体的に緩んでいるようでした。その他には、赤と白の縞柄の貼り花布が天地ともに残っていて、前小口には、項目のトップページから半ドーム型にページをくり抜いたインデックスがついていました。
作業に入る前に、まず手順を考えました。この本はあまりに厚くて重いので――しかも自重でなのか、なんとなく本全体がぐずぐずとしている感じなので、動かせば動かすほど、状態が悪くなりそうでした。それなので、本の天地や表裏をひっくり返したりするような移動をできるだけさせないで、今、置いてあるその状態のままで出来ることを全部やってしまい、その上でひっくり返して反対側の面の作業に移ろうと決めました。
まず、うら表紙と背表紙を切り離して、背表紙を外しました。うら見返し効き紙のノドをノド布ごと持ち上げて、テープの支持体の端と背貼りのハネ部分を表紙から剝がして取りました。これで、うら表紙が本文ブロックから外れました。
うら表紙側を上にした状態で、本文背の上半分強の背貼りと膠を除去しました。本はそのままの状態で、最終折丁とそれに続く数丁の本文紙の補修をし、外れていたページを所定の位置に貼り戻して、部分的に綴じ直しました。その後、綴じ直した折丁の周辺にまとめの背貼りの和紙を貼りました。
次いで、おもて表紙側を上にして、本文背の残りの部分の背貼りと膠を除去しました。それから、おもて見返し効き紙のノドをノド布ごと持ち上げましたが、こちら側の支持体は、うら側よりも長かったため、剝がさずにおきました。このため、おもて表紙は本文ブロックと支持体で繋がったままの状態で、こののちの作業をしました。最初の折丁とそれに続く数丁の本文紙を補修して、補強の綴じをし、この綴じの周辺と、本文背の残りの部分に、2回に分けてまとめの背貼りをしました。
まとめの背貼りによって、本文背が少し安定したので、書見台に本を乗せて開き、本の中央部周辺の本文紙の折れや破れを補修しました。
元の花布は、背貼りの名残などを取り除いてみたら、取り方を変えれば使えそうなことが分かったので、新たに裏打ちをし直し、新しい芯を貼り渡して再生して、本文背に貼り戻しました。解体した時はボロボロの状態だったので、再生は無理かと思いましたが、貼り戻してみたら、とてもきれいになじんでいたので、うれしかったです。
この辞書は背幅がかなり大きいので、念のため、本文背にもう1枚和紙を貼り重ねた上に、自分で裏打ちをした麻ダックをヒンジの背貼りとして貼りました。
本文と表紙は、まず、支持体で繋がったままのおもて表紙の側をヒンジのハネで補強する形で繋ぎ、うら表紙の側は、支持体をヒンジのハネに貼りつけてから、位置合わせをして印をしたうら表紙の裏側に貼って、本文と表紙を繋ぎました。
その後、本の開きを良くするためのホローチューブを和紙で作って貼り、さらに背の芯紙を貼りました。
新しい背革と角革で表装し直し、両平表紙のクロス部分の補修をしました。
元の背表紙の裏側の古い芯紙を削り落として薄く整え、新しい背革の上に貼り戻しました。
元の背表紙の劣化防止と革の強化のために、HPC(ヒドロキシ・プロピル・セルロース)溶液を塗り、その後、保革油を薄く延ばして磨きました。
この辞書は予約者限定の特装版だったらしく、そのせいで当時二巻揃いで出されていたものが一巻本として出版されたもののようでした。なぜこんなに厚手で重いのだろうと思いながら作業をしていたのですが、元の背表紙の箔押しの文字を見て、なんとなく納得しました。もしかしたらきれいに貼り戻せるのではないかと思った元背が、本当にきれいに貼り戻せた時は、重みに耐えた甲斐があったとうれしくなりました。ちなみに、作業が完了したあとに測ってみたら、辞書は8.6㎏ありました。
修復・記録:安藤喜久代
記録の公開をご快諾いただきましたご依頼主に、感謝いたします。
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